派遣コラム
派遣スタッフの個人情報取り扱いについて ―「ちょっと教えて」がトラブルの火種になる前に―

Q.派遣先として、業務連絡のために派遣スタッフの携帯番号やLINEアカウントなどを、現場で直接教えてもらうようにしてもよいのでしょうか?
A.原則として、その運用は避けるべきです。
連絡手段が必要な場合は、まず派遣元に相談し、派遣元が目的と範囲を説明したうえで本人の同意を取り、必要最小限の情報だけを提供してもらうのが適切です。
【事例】
現場グループに入れたいだけなのに…どこまで聞いていい?
精密部品メーカーB社では、組立ラインの業務連絡に、無料チャットアプリのグループ機能を使っています。日々の段取り変更や残業の有無などを、班長がメンバーに一斉連絡する運用です。新たに派遣スタッフ3名を受け入れることになり、製造課長は派遣会社の営業担当者にこう話しました。
「うちは日々の連絡を全部このグループでやってるんですよ。
新しく来る派遣さんも、明日現場で LINE のグループに招待したいんです。
その場で『QRコード出して』ってお願いしてもらっていいですか?」
営業担当者は少し考えてから答えます。
「業務連絡の効率化という目的はよく分かります。ただ、個人のLINEアカウントや電話番号は、プライベートも含めた個人情報になります。本来は、当社(派遣会社)から目的を説明したうえで、派遣スタッフ本人の同意をもらってから、どのツールを使うかも含めて相談したいところです。」
課長は少し腑に落ちない様子です。
「えっ、でも仕事の連絡のためですよ?みんな普通に使ってるし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないですか?正直、現場でサッと聞いてしまった方が早いんですが……」
【問題】
このような場面で、派遣社員の個人情報(チャットアカウント・電話番号など)を、
派遣先はどのように扱うべきでしょうか。
どこまで聞いていい?派遣スタッフ情報の“線引き”を押さえる
近年、個人情報の取り扱いについては社会全体の関心が高まっており、どのような内容であっても慎重な取り扱いが求められます。
派遣スタッフの情報であればなおさら、「派遣元(派遣会社)」と「派遣先(受け入れ企業)」それぞれの役割を踏まえた運用が必要です。
まず、労働者派遣法に基づき厚生労働省が定める
「派遣元事業主が講ずべき措置に関する指針」では、派遣会社(派遣元)が派遣先に提供できる派遣労働者の個人情報について、次のような考え方を示しています。
- 原則として、派遣スタッフの個人情報はその人の「業務遂行能力」に関する情報に限って提供すること(例:保有資格、経験職種、スキルや評価に関する情報など)
それ以外の情報については、
- 本人に利用目的を明示したうえで同意を得た場合
- または、別の法律に基づき提供が必要とされている場合に限って扱うこと
今回の事例で言う「LINEアカウント」「電話番号」「個人メールアドレス」などは、業務遂行能力そのものの情報ではなく、連絡手段に関する情報です。
したがって、派遣元を通じて
- 「業務連絡のためのグループへの参加」という利用目的を明示したうえで
- 派遣スタッフ本人から同意を得てから
どのような手段・どの情報を使うか決める、という流れが法的にも実務的にも望ましい対応になります。営業担当者が「本人にも確認が必要」と答えたのは、こうした派遣法上の指針と個人情報保護法の考え方に沿うためです。
“同意があればOK”は危険です
情報共有の正しいステップ
個人情報を提供する側から見れば、
自分の情報は厳重に管理され、本来の目的以外に使われないことが大前提です。
そのため、派遣スタッフのチャットアカウントや連絡先を派遣先へ伝えるような場面では、
- 何のために使うのか(利用目的)
- どこに提供するのか(提供先)
- どの項目を渡すのか(提供項目:電話番号のみ 等)
をきちんと説明し、本人の同意を事前に得ておくことが重要です。
ここで注意したいのは、「最終的に本人の同意さえあれば、どんな情報でも提供してよい」というわけではない、という点です。
同意が前提であっても、あくまで「目的に必要な最小限の情報」に限定して提供することが原則です。
今回の事例で言えば、
- 目的:勤務に関する業務連絡・シフト連絡のため
- 必要な情報:連絡に使う手段(会社が用意した業務用アカウント 等)や、どうしても必要な場合の連絡先
に絞るべきであり、「せっかくだから」といった理由で、プライベートなSNSアカウントや不要な個人情報(家族構成、趣味など)まで聞き出すことは避けなければなりません。
また、同意の取り方も重要です。
- 派遣先担当者が現場で「みんな入ってるから、とりあえずQRコード出して」と半ば当然のように求める
- その場の雰囲気で、派遣スタッフも断りづらく参加してしまう
という流れでは、後から「業務上必要な範囲を超えていた」「十分な説明がなかった」といったトラブルの種になりかねません。
▼望ましい対応ステップ例
①派遣先 → 派遣元へ相談
- 「業務連絡用のチャットツールを使っている」
- 「派遣スタッフにも、同じ情報がタイムリーに届くようにしたい」といった目的と背景を説明
②ツール・運用方法の検討
- 可能であれば、会社が契約している業務用チャットツールや会社アカウントを使う運用に切り替える
- やむを得ず個人の電話番号等が必要な場合は、必要な項目を「最小限」に絞る
③派遣元 → 派遣スタッフ本人に説明・同意取得
- 利用目的
- 提供先(どの企業の、どの部署か)
- 提供項目(電話番号のみ など)
を明示したうえで、書面やメールで同意を取得する
④派遣元 → 派遣先へ情報提供
- 同意の範囲内で、必要最小限の情報のみ提供
⑤派遣先での保管・管理
- 社員の連絡先と同様に、閲覧者を必要最小限に限定し、安全に管理する
- 派遣契約終了時には、グループからの削除や情報の削除を徹底する
なお、派遣スタッフが任意項目の提供に同意しない場合であっても、それを理由に不利益な取り扱い(契約更新の拒否など)を行うべきではありません。
その場合は、業務連絡は派遣元経由で行ったり、メールのみで連絡する等、代替の運用方法を派遣元・派遣先で検討することが筋の良い対応です。
現場での“その場しのぎ”を避けるためにも、派遣先企業と派遣スタッフとの直接のやり取り、とくに現場部署での口頭のやり取りは最小限にとどめ、個人情報の管理責任を負っている派遣会社を通して入手する仕組みを徹底しておきましょう。
「それくらいなら…」が一番危ない
個人情報に軽重はないという発想
最後に、改めて押さえておきたいのが「個人情報に軽重はない」という考え方です。「仕事の連絡のためだし、これくらいならいいだろう」「みんなも入っているから、LINEグループくらい当然」といった感覚は、現場ではよく見られます。
しかし本人にとっては、どんな内容であっても自分の情報には変わりありません。
- 氏名
- 電話番号
- メールアドレス
- チャットアプリのアカウント
- 顔写真
- 家族構成 など
一つひとつは些細に見えても、組み合わさればその人の生活圏や交友関係、価値観にまで踏み込む情報になり得ます。
多くの企業では、自社社員の個人情報については
- 就業規則や社内規程によるルール化
- ロッカーやキャビネットの施錠管理
- 人事・総務部門におけるアクセス権限の制限
といった体制を整備しているはずです。派遣スタッフの個人情報も、本来はそれと同じレベルで扱うべき情報です。「派遣だから」「一時的に働いている人だから」といって扱いを軽くしてしまうと、思わぬ漏えいやトラブル、「この会社は人をどう見ているのか」という信頼の問題に発展しかねません。
派遣先企業としては、
- どの情報を、どの目的で、誰が扱っているのか
- 不要になった情報をどう廃棄・削除するのか
- 派遣元・派遣スタッフへの説明や同意の取り方は適切か
をあらためて点検し、自社社員と同様に派遣スタッフの個人情報も守る姿勢を社内で共有していくことが重要です。
以上を踏まえると、冒頭のB社のケースでは、
-
- 「業務連絡をスムーズにしたい」という目的自体は理解できる
ただし、個人のLINEアカウントを当然のように求めるのではなく、まずは業務用ツール・会社アカウントの活用を検討し、やむを得ず個人連絡先が必要な場合でも、派遣元を通じて目的と範囲を説明し、本人同意を得たうえで、必要最小限の情報のみ提供してもらうという形にあらためる必要がある、という結論になります。
個人情報の扱いを一段引き締めることは、派遣スタッフにとっても、派遣元にとっても、そして派遣先企業自身にとっても、長期的な信頼と安心につながる投資だと考えていただければと思います。
この記事の執筆者
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